あるHSPの集まりに参加した話

― HSPコミュニティで感じた小さな違和感 ―

少し前、HSPの人たちが集まるイベントに参加しました。

「HSPの集まりなら、安心できるかもしれない」
そう思ったからです。

同じように繊細で、音や空気に敏感で、人混みが少し苦手な人たち。
そんな人たちのコミュニティなら、きっと深く共感できるのではないか。

少しだけ、期待していました。


HSPの集まりなのに、なぜか少数派のように感じた

会場はあたたかい空気に包まれていました。

参加者の中に、若い女性がいました。
とても社交的で、よく笑い、場の空気をやわらかくしようとしているように見えました。

けれど、呼吸は少し浅く、
飲み物を飲むスピードがどこか速い。

自然にそこにいるというより、
その場にきちんと合わせようとしているような印象を受けました。

もちろん、それは悪いことではありません。
その優しさが場を支えていたのだと思います。

でも私は、少しだけ疲れてしまいました。

HSPの集まりなのに、
なぜか自分だけが少数派のように感じたのです。


「HSPなのに合わない」と感じる理由

若い男性もいました。

とてもきれいな目をしていました。
口数は多くありませんが、人に興味を持とうとする気持ちがそのまま目に出ていました。

無理に話さなくても、その場を楽しもうとしている様子が伝わってきて、私は少し安心しました。

主催者の方は、人をつなげようと一生懸命でした。
誰も孤立しないように、誰も取り残されないように。

その姿を見ながら、
今の個人主義的な社会の中で、孤独を抱えながら場を作ろうとしている人なのかもしれない、と感じました。

これはあくまで、私の受け取り方です。

年上の男性も何人かいました。
歳を重ねると感情の輪郭が穏やかになるのかもしれません。

弱さも強さも静かに内側にしまわれていて、私はうまく掴めませんでした。


私は、その場で多くを語りませんでした。

話せなかったわけではありません。
入ろうと思えば、輪の中に入れたと思います。

でも私は、その場に合わせることよりも、自分の呼吸を守ることを選びました。

みんなが「わかる」と言葉を交わす中で、私は少し外側にいました。

孤独だったかと聞かれたら、少しだけそうかもしれません。

でも同時に、自分の立ち位置がはっきりした感覚もありました。


HSPにも種類がある|内向型HSPという立ち位置

HSPと一言で言っても、すべての人が同じではありません。

外に向かって共感を広げるタイプもいれば、
内側に沈みながら静かに整う内向型のHSPもいます。

私は後者でした。

賑やかな共感よりも、
静かな共鳴のほうがしっくりくる。

「わかる」と言い合うよりも、
言葉にならない間を共有できる方が安心する。

だからHSPコミュニティに参加して違和感を覚えたのは、
相性の問題だったのだと思います。


HSPコミュニティに疲れたあなたへ

もしあなたが、

・HSPのイベントに参加して疲れた
・HSPの集まりなのに合わないと感じた
・なぜか自分だけ浮いている気がした
・HSPなのに孤独を感じている

そんな経験があるなら。

それはあなたの感受性が弱いからでも、
社交性が足りないからでもありません。

あなたの繊細さが、
より静かな形をしているだけかもしれません。


私は、静かな共感を選ぶ

私は、静かな共感を選びます。

大きな輪の中で安心するのではなく、
少し距離を置いた場所から、呼吸が合う人を探す。

共有で回復するのではなく、
静かな共鳴で整っていく。

それが、私の立ち位置です。

HSPの中にも、少数派はいる。

でも、少数であることは間違いではない。

もしあなたも同じ場所に立っているのなら、
きっとどこかで、静かに共鳴できる日が来ると私は思っています。

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